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Selfishly

Selfishly

Radiant,Ever Forever p8

*****
 
 次に意識が戻ったのは、どれ位時間が経過してからだろうか。

 エドワードはぼんやり自分の両目に映る天井を見上げながら、傍にある気配の方へと
首を傾ける。

「ロイ――」
 そこには憔悴しきったロイの様子があった。
「君は―――………」
 言葉も続かず、ロイは表情を歪めてエドワードを食い入るように見つめている。
 重苦しい空気を払おうと、エドワードは何か話すことは無いかと頭を廻らし、
そう云えばと気づいたことを訊ねてみる。
「えっーと…、アルの奴は…」
 部屋を見回しても、ロイ以外の気配は無いから出ているのだろうが、折角、
練成を試したのだから意見を交換し合いたかったのに。
「彼には使節の通訳を手伝ってもらっている。
私は……… とても、笑って話す心境ではないのでね…」
肩を落とし、足の間で組んだ手の平をぐっと握りこんでいるロイは、沈痛な彩を
その瞳に浮かべて視線を俯かせて黙り込む。
 
 エドワードはそんなロイの様子を目にして狼狽する。
「えっ…と。―― 練成は、無事成功しそうだぜ…?」
 それはロイとて見ていたはずだ。まぁ、確かにあの状況を目の当たりにすれば驚いたろうが、
エドワードだって勝算が無ければあんな無謀な真似をしはしない。
 それなのに、何故彼がこんなに落ち込んでいるのか………。
 そんな事を考えながら、戸惑いながらそう伝えてみれば。

 ロイはばっと顔を上げ、まるでエドワードを憎んでいるようなきつい視線を向けて。
「そんなことを気にしているわけじゃないっ!」
 と声を荒げてベッドの端に拳を打ちつける。
「ロイ………」
 そんな風に激高を見せる彼は珍しくて、エドワードは茫然とロイに視線を注いでいる。
「君は―――っ、君は、何故あんな無茶をっ…」
 練成を試したのはエドワードの方なのに、まるでロイの方が苦しみ続けているようだ…。
「… まぁ、―― 確かにちょっと強引な手だったけど…。でも、試してみないと完璧とは
言えないだろ? 
 あんたも前に言ってたじゃないか。術者なら最後まで責任を持つべきだって」
 言外に上手くいったのだから、気にすることはないと匂わせて、最後のセリフを
からかい混じりに言ってやる。
 なのにロイときたら…。
「君は馬鹿か! それは事と状況に応じてに決まっているだろうが」
 一蹴され、呆れた様に言われた言葉に、エドワードもむっとした感情を込み上げさせる。
「… 何だよ。なんで俺があんたにそこまで怒られなきゃいけないんだよ。
練成は試す必要があった! だから俺はそれを実行したまでだ」
「なら、事前にそう伝えておくべきだろう」
「伝えたら、あんた、絶対に賛成しないじゃないかっ」
「当たり前だ!」

 当然のように返された言葉に、エドワードの頭に血が上る。
「じゃあ…じゃあ、言っても無駄じゃねぇか! 試験には危険は付き物だ。
俺だって、ちゃんと勝算があって臨んだんだぜ。
 それに…、最悪失敗しても――― 片目は残るん」
 ――― パシッ ―――
 と乾いた音がエドワードの耳の傍で上がる。エドワードは最初それが、
自分の頬を叩かれた音だとは気づけなかった。
「――― 二度と、そんな馬鹿なことを言おうとするなっ!
 試すのも、絶対に許さないっ!」
 立ち上がったロイがぎりぎりと歯を噛み締めながら、絞り出した声で
そう怒鳴りつけてくるのを聞きながら、エドワードは自分の頬に熱い痛みが
広がるのを感じる。

 ――― 何故、こんな風に怒鳴られなくてはいけないんだ…。

 自分は練成を成功させたのだ。褒められ、感謝される事は有っても、
怒られ怒鳴られる筋合いはないじゃないか…。

 そんな悔しさや、やり切れない感情が、エドワードを煽り立てる。
 叩かれた頬に手の平を当て、睨みつけるロイを茫然と見つめていると、
ふつふつと溜め込んでいた感情が泡立ってくる。

「じゃあ…、じゃあ、俺に出来ることは何なんだよっっっ!
 お、俺は術も使えない、銃も持つ覚悟が足らない…。
 そんな、―― そんな俺が、あんたにしてやれる事って………、

 他に無いじゃないかっーーー!!」
 
 だから自分の体を使ったのだ。自分だって、彼の助けになってやりたい。
… なのにその道は閉ざされ、遠くに行ってしまった。
 でも、チャンスは訪れた。
 離れていた道が例え交差の一瞬でも、近づいたのだ。
 なら、この時に自分が出来ることをしたいと願うことさえ、自分には許されないと云うのだろうか…。

 悔しくて、哀しくて、辛くて、苦しくて…。
 霞む目を知られたくなくて、エドワードは固く目を瞑る。

 そして、その次に感じた温もりに驚いて目を開いて見れば、視界は真っ青な蒼い闇に染められていた。
「… すまない。目覚めたばかりの君に怒鳴ってしまって―――。
 君が…、私の為にそこまでしてくれたのは、幾ら感謝しても仕切れない。
だけど―― 止めておいて欲しい。
 君をあんな目に合わせると思うと、心臓が凍りつきそうになる」
 弱弱しい声が語る言葉に、エドワードは瞬きも出来ずに聞いている。
「君は私の目を治そうとしてくれたが、―― その為にあんな事をされては
…私の心臓がもたない。
 目を治しても心臓が止まれば、どうしようもないんだよ?」
 そこまで告げると、ロイは少し身体を離して抱き込んでいるエドワードを覗き込んでくる。困ったような今の彼の表情は、先ほどまでの険しい雰囲気は消え去り、
愛しむような優しい気配を滲ませてエドワードを見つめてくる。
「で、でも…試さないと、あんたにもしものことが」
 それでも尚、言い募ってくるエドワードの頬を、ロイは大きな手の平で優しく撫ぜてくる。
「君にあんな事をさせなくてはならないのなら、―― 目は治らなくてもいい」
 そうきっぱり言うロイの言葉に唖然となる。
「な、なに言ってんだよ…。あんた、総統になるんだろ? この国を変えて行くんだろ? 
――― あんたはこの国に必要な存在だ。だから俺は…」
「自分は必要ではないとでも言う気か? 真剣にそんなことを言うつもりなら…怒るぞ?」
 目を眇めてそう諭されれば、エドワードも言葉を続けられない。
「エドワード、必要な人間と不要な人間が居るんじゃない。どんな立場の人間にも、
必要としてくれている人達が居るんだ。
 君もそうだろ? アルフォンスや幼馴染、ピナコさんや、カーティス夫妻。
そして、ここに居る軍のメンバーもそうだ。
 ――― そして、私も。……… 君を必要としている」
「ろ…い―――」
 ロイはエドワードの両頬をそっと手の平で挟み込むと、互いの熱が伝わるほど近くに
寄り添ってくる。
「目が見えなくても構わない。君が… 私の目になってくれればいい」
 囁くようにそう告げて、ロイは震えているエドワードの唇に口付けを落とす。

 どうして自分は気づけずにいたのか…。
 これだけ真摯で親身になって、自分を思ってくれる存在のことを。
 そして、その思いの底に秘められていた想いを…。

 遠くで幸せでいて欲しい。
 笑いながら穏やかな日を過ごして欲しい。

 そんな言葉は『嘘』だ。

 得られないと信じていたからの、自分への誤魔化しだ。

 遠くでではなく、自分の傍で幸せな姿を見せて欲しい。
 微笑む表情を、自分だけに贈って欲しい。

 そしてそんなエドワードを見つめている自分も、幸せになりたい。
 彼と一緒に………。


 何度も唇を啄ばんだ。
 まだ茫然としている彼の瞳は、驚いたように開かれて、その中に嬉しそうに微笑んでいる自分を写している。
 その自分の表情が、あまりに幸せそうだったから…。
 ロイは嬉しくなって、エドワードのその綺麗な瞳の端にも口付けを落とす。

 そうなのだ…。ほんの少しだけ勇気を振り絞って踏み込んでみれば、答えは容易に
手に入れられたのだ。
 互いが離れて辛さに耐えなくとも、寄り添うことでこんなにも幸せに、
そして強さを手に入れられる。
 これは決して、一人では手に入れられないものなのだと云うことを。
 ロイは心の奥深くから、感じたのだった。
 

 おずおずと腕を回すエドワードを勇気付けるように、ロイは再度唇に口付けを落とす。
先ほどとは違って、自分の想いの熱さを伝えるような熱の籠もった口付けを贈る。
 熱が馴染み、吐息が混ざり合う頃になれば、回された腕にも力が籠もってくる。
まるで自分も離さないと云う様に縋り付いて来る腕の力の強さが、ロイの心を更に熱くさせる。
 ロイがエドワードに体重を預けるように覆い被されば、ベッドはその重さに不満の声を
漏らし始めていたのだが、互いの想いを交換し合うのに夢中になっている二人には、
そんな哀れなか弱い声程度では気づいてもらえないようだ。

 ――― ドンドンドン! ――― 

 力いっぱい叩かれた音の凄さに、驚いたように視線を向けた二人は、
漸くここがどこだったかを思いだした。
「誰だ……… ったく」
 不満そうな呟きを零しながらも、渋々ベッドから降りていく。

 ――― ドンドンドン ―――

「入ってもいいっすか~」

 のほほ~んと惚けた言葉を掛けてくる相手を思い浮かべて、ロイは仕方無さそうに
乱れた前髪を上げて扉の方へと歩いて行くと。
「そんなに煩く叩かなくても聞こえている。エドワードは体調を崩しているんだ。
もう少し静かにしないか」
 がちゃりと開けながら、非難交じりの言葉を告げると。
 そこにずらりと居並ぶメンバーを見つけて、瞬間、罰の悪い表情を浮かべる。
「はい。体調の悪いエドワード君を案じていたので、様子を見る頃合かと」
「…そ、そうか」
 ホークアイの言葉に妙な含みを感じるのは、時と場所を考えていなかった後ろめたさからだろうか…。
「さっさと入ろうかと思ってたんですけど、アルの奴がもう少し待てって言うもんで」
 にやにやと笑みを浮かべてみせるハボックを一睨みして、ロイは扉を塞いでいる身体を
ずらして、待っているメンバーを招き入れる。
「エド、大丈夫か?」
「エドワード君…、無茶をして………」
 途端に賑やかになったその場所で、ロイは仕方無さそうに溜息を吐いて元の場所へと戻る。

「ごめんなホークアイ大佐、驚かせちゃって…」
「本当に…。でも、ありがとう。エドワード君、本当に…」
 ぎゅっとエドワードの手を握り締め、感謝の思いを伝えてくる彼女に、
エドワードは「大丈夫だって」と照れながら返す。
「今、動いてもらっても大丈夫かしら? 車を用意してるので、動けそうなら病院へ移動しましょう」
「病院? い、いいよ、そんなに大袈裟にしなくてっ」
 ホークアイの言葉に驚きながら、断りを口にする。
「大袈裟じゃなくて、本当に大事なんです。… 今は落ち着いているようだけど、
あの後は失血で大変だったのよ? ここでは応急の輸血くらいしかできなかったから、
病院できちんと検査して手当てをしてもらう必要があるの」
「今、アルを呼びに行ってるから、来たら病院に送ってくよ」
「―― 病院…」
 その言葉を呟いて顔を顰めるエドワードは、気が進まないようだ。
 エドワードが嫌がっている間にも、バタバタと廊下から慌ただしい足音が近づいて来て。
「兄さんっ!」
「おう、アル」
 扉を開けるなり兄を呼ぶ弟に、エドワードはいつもと変わらぬ様子で声を掛けた。
「………」
 無言でツカツカと兄の横にやってくると、スッーと息を吸い込んで。
「こぉ~~~の、馬鹿兄ィー!」
 と、エドワードが思わず肩を竦めるような大きな声で怒鳴りつけてきた。
「僕が…どんなに驚いて、怖かったか………。
 皆さんにも、凄く心配掛けたんだよ! 判ってるの!
 それを何だよ、『おう、アル』かって…、そんな平然と…。
 全く、兄さんの神経の図太さは並みじゃないよね!」
「ゴメン………」
 アルフォンスの剣幕に言葉を返す気も削がれ、エドワードは大人しく謝ることにする。
「アルフォンス君、そんなに怒らないで。とにかく、病院に急ぎましょう。
―― 叱るのは、エドワード君が元気になれば思いっきり出来るしね」
 アルフォンスを唆すような彼女の言葉に、エドワードは肩を落として俯き、
アルフォンスは嬉々とした表情で頷いた。
「じゃ、行きますか?」
 そんな兄弟のやりとりを苦笑と共に見守っていたハボックが、エドワードを連れ出そうと
 近づくより先に。
「エドワードは私が」
 と告げて、ロイがエドワードを抱き上げてしまう。
「なっ…! ―― だ、大丈夫っ。自分で、歩けるからっ!」
 慌てるエドワードを気にせず、ロイは人一人抱き上げているとは思えない
 軽やかな足取りで部屋を出て行く。
 そのロイの後姿を、残された3人は互いに顔を見合わせて、苦笑と共に後を着いて出たのだった。



 ロイは丁寧に丁寧にエドワードを車に運び座らせると、そっと頬にかかるエドワードの髪を撫で付けてやる。
「きちんと診てもらって来てくれ。私も仕事を終えたら帰りに寄ろう」
 ロイの優しい仕草と甘い空気に中てられ、エドワードは顔を紅くして俯くしか出来ないでいる。
 と、そんな二人のムードを切り裂いたのは。
「閣下、お言葉に水を差すようで申し訳ありませんが、本日中に帰れる目処は立ちません」
 きっぱりと告げてくるホークアイに、ロイは深い溜息を吐いて肩を落とす。
 彼女の言い分は確かだ。今朝から丸半日、ロイは殆ど職務に就いていない状態だったのだから。
「――― すまないが、そう云う事で行けそうも無いが…。
 明日は、私の家に戻ってきてくれるね?」
 懇願を混ぜ込んだ甘い誘いに、エドワードが戸惑うように黙っていると。
「エドワード?」
 重ねて問いかけられ、躊躇いがちに小さく頷いて返した。
 そんなエドワードの仕草に、ロイは目を細めて嬉しそうに頭を撫でてやる。


「僕… お邪魔でしょうか?」
 少し離れた処で傍観者を決め込んでいる3人の中では、そんな二人を眺めながらの会話が
 交わされている。
「いや、なんて言うか…。閣下も判りやすい人だよな」
「僕、それと同じ事を兄さんにも思いました」
「似たもの同士だから、拗れてたんでしょ」
 口々の意見に相槌を打ちながら、少し引いて傍観を決め込んでいる。
「… そろそろ、行った方が良くないか?」
「ええっー? あの中に入るなんて、僕は嫌ですよ。ハボックさんが声掛けて下さい」
「お、俺っ? 駄目、絶対に駄目っ! お前やエドなら大丈夫だろうけど、
 俺なんかが横槍入れようものなら、焦がされるに決まってんだろっ」
 誰が割り込むかで揉めている男達に、ホークアイは肩を竦めて溜息を1つ落とすと。
「閣下。いつまでも引き止めていると、エドワード君の身体に障ります。それよりも、
 さっさと仕事を片付けて、明日の時間を捻出する方が宜しいのでは?」
 彼女のその言葉に惹かれるものがあったのか、ロイは渋々ながら乗り込んでいた車から出てくると、
 エドワードに気をつけての言葉を掛けて立つ。
「じゃあ、僕達行かせてもらいますね」
 空いた座席に座って、アルフォンスがドアを閉めると、車は漸くスタートしたのだった。
 見送る3人に、エドワードもおずおずと手を振って見せてくるのに、ロイは満面の笑みで返している。

「閣下―――。 お顔の表情を引き締めて頂けませんか?」
 いつまでも見送っているロイの幸せそうな表情に、ホークアイはそう注意を促したのだった。



 *****


 練成の後。エドワードが意識を失っている間にも輸血の準備が整えられ、取り巻く者達も
 ロイとアルフォンスを除いて一旦それぞれの職務に戻って行った。

 廊下で今だ放心しているロイの横には、表情を固くしているアルフォンスが並んで座っている。
 
 暫くして…。

「―――――― すまなかった…」
 そうポツリとロイがアルフォンスに謝りの言葉を落とす。
 アルフォンスはチラリとロイに視線を向け、ふぅーと大きな嘆息を吐く。
「… いいえ。マスタングさんが責任を感じる必要はありません。
 あれは―― 兄さんの独断ですから…」
 思い込んだエドワードの行動を止める事は難しい。天才の性なのだろうか、
 エドワードは一人で先に結論に達してしまい、先に走り出してしまう。
 今回の事だって、十分に予想できたはずなのだ。
 それを見誤ったのは、アルフォンスの希望的観測の所為だろう。
「しかし…」
 アルフォンスが気にするなと言っても、ロイ本人には釈然としないものがあるのだろう。
 重ねて言葉を続けようとしてきたロイを遮るように、アルフォンスが話し出す。
「… 僕は。―― 兄さんの気持ちを甘く見てました」
「アルフォンス?」
 訝しそうに顔を上げたロイの視線を感じながら、アルフォンスは真っ直ぐ
 前の締め切られた扉を見つめる。
「兄さんは軍に残りたいと願っていた。それはあなたも薄々察してたんじゃないですか?
  ―― だからこそ、兄がそれを言い出す前に手を打って、厳しい言葉を告げた」
 アルフォンスの確信に満ちた言葉に、ロイは顔を俯かせる。
「私は…彼に、―― 君達兄弟には、幸せで平穏な道を行って欲しかった…」
 幼い時に通常では経験しない過酷な道を進んできたのだ。もう十分、代償は払っているはずだ。
「ええ、僕にもあなたの、そして皆の気持ちが判ります。ありがたいとも思ってました。
 ―― 正直。あなたが厳しい言葉で兄を撥ね付けたと聞いた時。
 ……… ほっとしましたから。これで兄に血なまぐさい道を進ませなくて済むって。
 でもそれは結局、ただの僕の願望だったんですね」
「そう…なのだろうか………?」
 実の兄弟のアルフォンスがそう云うのなら、では赤の他人の自分の考えなど、
 都合の良い思惑でしかないのだろうか。
「ええ。だって結局、兄は自身を賭けてあなたを助ける道を切り拓いた。
 ――― そこまで兄を追い詰めたのは、他ならぬあなたじゃないんですか?」
 アルフォンスの厳しい意見に、ロイは苦しい表情を浮かべる。
「勿論、僕もです…。時が過ぎれば、距離を空ければ大丈夫になるだろうなんて。
 ―― 馬鹿ですよね、全く」
 あの兄が、そんな生半可な想いを持つわけが無かったのだ。不器用で、一途で、
 融通が利かないエドワードの優しい弱さに自分達はつけこんだのだ。
 そして結果、兄は自分に出来る事を過小評価して、身を挺してしまった。
 結局エドワードに、関わるなと言う方が無理な事だったのだ。
 
 距離も、時間も関係ない。
 彼は自分の一途な思いのまま、駆け寄り走っていく。

 そんなエドワードを。
 そんな彼の深く強い想いを、止められるわけなどなかったのだ。

「そう…だな。その通りだ―――」
 そんな真っ直ぐなエドワードだから、ロイも惹かれたのだ。
 太陽の陽光が、たとえ何ものかに遮られても、その熱を遮ることが出来ないように。
 そしてその温もりを僅かでも感じていたくて、ずっと彼の動向を気にしていた自分。
 何故、遮るもの越しにその光を、温もりを感じていようなどとしていたのか。
 直接この身に受けて、たとえ焼け尽くされようとも。 
 陽が射さい辛さを耐え忍ぶより、
 温かさを感じられずに、凍え続けるより、
 ずっと、幸せだと実感できるじゃないか…。

 長く翳っていた雲が取り払われ、燦然と輝く太陽が姿を現した時。
 その身体中に感じる喜びや感動は、何ものにも代え難い至福なのだから。

 互いが自分の全てを賭けて思い合っている。
 そんな二人の越えられない壁が、『思いやり』だと言うのなら、
 そんな欺瞞に満ちた自己満足など、クソ食らえだ。
 

 

 


 

 
  遠く離れて、相手を思い偲ぶ時間が有るのなら、
             傍に居て互いを感じれる未来を創ろう。

  愛しい人がいない月日を耐え忍ぶ覚悟をするのなら、
          二人で困難を乗り越える強さを持てばいい。


 そうすれば少なくとも…、
   愛しい人に寂しい思いをさせないで生きてゆける。
 
 苦しむ為に人を愛するのではない。
   互いが幸福になる為に、愛を育んで行くのだから…。




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